出会い系サイトではないけれど・・・
グリーがなんで出会い系サイトのように使われているのか。創設者の興味深い言葉がぐっと胸に響きました。今では日本中がグリー登録をしていると言ってもかごんではない中、かれはこう言いました。
確かに出会い系サイトとしての利用者は禁止しているものの実際にメールアドレスを交換したりしている人はいる。それでもやっぱり単純にゲームを楽しんでいる人の方が多いんだしそれに会員数が増えればそれでこそ色んな事がおこって当たり前なのだと。
これはなにも投げやりな気持ちで発言したものではなかったのがとても伝わった。かつての総理大臣田中角栄はその日に御会った人の名刺を夜寝る前に見直してそのひとの事を思い出していた。それは人が人とのつながりを大事にしたいと思っている重要な心理。それが今では名詞ではなくケータイ電話のメモリだったり或いはインターネットのコミュニケーションツールだったり・・・だから人とのつながりを阻害することはだれもしてはだめなんですという言葉は本当にずっしりと重く感じました。
グリーが目指したもの
インターネットがこれほどまでに浸透した今、なくてはならないSNSの世界。これを早くに察知することができた者だが今成功を成し遂げています。単にSNSを使って出会いを探すことは毎日の生活に変化をもたらしてくれるもの。
グリーの創設者はどんな時も人と繋がっていたいというつよい思いから自らの手でその示システムを作り上げました。出会いとはなにも男女だけのものではなくて¥友達が今どうしているのかいつでもどこでも生死(少し大げさ)を確認し合えることが出来ればという思いがこのグリー誕生させるきっかけとなりました。
人とのつながり
それがいとも簡単に作成されたかのような発言ぶりでしたが、そこにゲームをくっつけるという発想は、彼の幼いころのゲーム時代がそれを生ませました。学校帰りに友達と空き地でゲームボーイの線をつなげては一生懸命にクエストをクリアしていき達成感を得る。私はなぜその達成感を親に止める権利があるのと思っていました。
なぜなら、ゲームがなければもしかしたら今現在グリーが存在していないかもしれないからです。人とつながりたいからゲームをする。ゲームをもっと楽しみたいから人と繋がる。そんな気持ちが幼いなりにも芽生えていることそのものにゲームとコミュニケーションがパワーに圧倒されるからです。